大谷大学 文化環境ゼミ 2回生 2018年度前期

福井県立恐竜博物館に行ってみた 

平成30年5月27日に福井県勝山市福井県立恐竜博物館に訪れ、化石発掘体験をしてきました。今回の調査目的は野外発掘調査を通して恐竜を身近に感じることです。

 

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 今回は福井駅の近くからでている越前鉄道をつかい、福井県立恐竜博物館のもより駅である勝山駅までいきました。

 

福井県立恐竜博物館は、恐竜やそのほかの化石に関する資料などを展示した国内最大の博物館です。福井県で発掘され、福井の地名から名前がついたフクイラプトル、フクイサウルス、フクイティタン、コシサウルス、フクイベナートルなど福井特有の恐竜の化石などが展示されてます。

 

 福井駅勝山駅には至る所に恐竜がいました。これは勝山駅にいた恐竜です。f:id:suzuki_seminar:20180604120648j:plain

 

私たちは午前10時頃に現地に到着しました。

建物は展示を見やすくするために柱をなくしたのと山が近く雪がよく降り積もるので自然に雪が落ちるように卵形に設計されました。柱がないため、室内は広く感じられました。

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私たちは午後に発掘体験を予定していたので先に昼食をとることにしました。 

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化石発掘オムライスの中からは…何か見つかるかもしれないですね。

もちろん福井県ご当地グルメソースカツ丼やそばも食べられます。 

 

お昼ご飯を食べ終え、お次の発掘調査はバスに乗り博物館近くの手取層群北谷層にある発掘現場に行きました。

 

行きの道には恐竜の標識もありましたよ。

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発掘調査の結果、植物の葉っぱの化石が見つかりました。

だいたい1㎝ないぐらいの大きさです。

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手取層群北谷層は1億2000万年前の地層で、そこから5種類の恐竜の化石やその他水辺の化石なども見つかっています。

 

その近くあった展示場には採掘された足跡の化石や発掘のために使われた道具など、本館では見られないものが展示されていたので、発掘体験を実際にしてもらうのも楽しいと思います。

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発掘調査を終えて、博物館まで戻ってきました。

お次は博物館を調査します。

 

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いろいろな恐竜の標本が展示されていたので、福井の恐竜たち5体と最近2億5千万円で購入され、展示された本物の標本を紹介します。

 

まず始め紹介するのは、植物食恐竜のコシサウルス〈コシサウルス・カツヤマ〉です。

鳥脚亜目のコシサウルスは、発見された化石は幼体で、あとで出てくるフクイサウルスとはことなるイグアノドン類として命名されたそうです。 

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お次に紹介するのは、先ほど少し名前がでてきたフクイサウルスフクイサウルス・テトリエンシス>です。

フクイサウルスは鳥脚亜目で全長5メートルのイグアノドン類として、日本で初めて全身骨格が復元された植物食恐竜です。

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お次はフクイティタン<フクイティタン・ニッポネンシス>。

全長が10メートルもある植物食恐竜で、日本で初めて学名がつけられた竜脚亜目です。

フクイティタンはあまり骨がでていないので写真に撮れるようなものは見つかりませんでした。

 

お次に紹介するのは肉食恐竜のフクイベナートル<フクイベナートル・パラドクサス>。

全長が2.4メートルの小型の獣脚亜目で羽毛があり、雑食であったと考えられています。

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そのあとに紹介するのが、フクイラプトル<フクイラプトル・キタダニエンシス>。

日本で初めて学名がつけられた肉食恐竜の獣脚亜目で、全長が4.2メートルと考えられています。

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このような恐竜の他にも福井県産のワニや亀の化石なども紹介されていましたので、ぜひ福井県の恐竜ブースも博物館に行く機会があれば、ごらんください。

 

最後に紹介するのは、2億5千万円で購入され、最近全身が展示された、カマラサウルスです。

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 これで福井県立恐竜博物館を後にします。

 

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まとめ

目的を持って博物館内の見学や、発掘体験をすることによって、恐竜を身直に感じることができました。

博物館内では等身大の見本などを見ることによって、恐竜が生きていた時代に、今自分自身がいるような感覚を味わうことができました。

発掘体験では実際に体験することできましたどのような行程から化石を掘り出して、博物館に展示されているのかを学び、あらためて展示するまでにどれだけの時間と労力がはらわれているのかを実感しました。

 

大谷大学 文化環境ゼミ 3回生 2018年度前期

京都市の5つの石橋

 私たち3回生は、京都市にある5つの石橋を5月29日と6月16日の2日間に分けて調べました。1日目は、堀川第一橋と堀川第二橋に行きました。2日目は、伏水街道第四橋と伏水街道第三橋と円通橋に行きました。

 

〇 堀川第一橋(中立売橋)堀川今出川バス停から徒歩10分

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堀川第一橋は、堀川にかかる石橋です。元々は木で造られた橋でしたが、1873(明治6)年に石橋になりました。2012年に土木学会によって、選奨土木遺産に認定されました。そして、2017(平成29)年3月31日京都市指定有形文化財に登録されました。堀川第一橋は、近代橋梁史上価値が高い橋と言われています。

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橋の長さは約14m、幅は約8.2m。使われている岩石は花崗岩でした。花崗岩には、石英、斜長石、カリ長石、黒雲母の鉱物と暗色包有物が含まれていました。

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〇 堀川第二橋(下立売堀川第一橋から徒歩10分

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堀川第二橋は、堀川にかかる石橋です。現在の下立売橋の内部に石橋があります。橋の幅を広げるために、石橋の両サイドに桁橋が造られました。

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橋の長さは約9m、幅は約7.5m。使われている岩石は花崗岩でした。

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〇 伏水街道第四橋 竹田出橋バス停から徒歩20分

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伏水街道第四橋は、七瀬川にかかる石橋です。橋自体はコンクリートでできており、コンクリートの橋の下に石のアーチ橋がありました。

 

橋の長さは約6.8m、幅は約6m。アーチの直径は3m。使われている岩石は花崗岩でした。しかし、前の二つの石橋とは違い、暗色包有物は確認できませんでした。そして石垣の一部には、石英斑岩が使われていました。

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〇 伏水街道第三橋 鳥羽街道駅から徒歩10分

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伏水街道第三橋は、三ノ橋川にかかる石橋です。住宅が並ぶ中に橋があり、交通量が多い橋でした。アーチの上に石垣がありました。川の底が石畳になっていました。

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橋の長さは約5.6m、幅は約7.2m。アーチの直径は3m。使われている岩石は花崗岩でした。稀に暗色包有物も含まれていました。

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円通橋 東山五条バス停から徒歩5分

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円通橋は、皓月池にかかる石橋です。大谷本廟に参拝する際に必ず通ります。橋脚のふたつのアーチが皓月池に反射して、眼鏡のようにみえることから、「めがね橋」とも呼ばれています。

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橋の長さは約28.9m、幅は約6m。メガネの直径は3.8m。使われている岩石は花崗岩でした。橋本体に使われている花崗岩には、大きな暗色包有物がありました。そして欄干に使われている花崗岩には、鉄を含んだピンクのカリ長石が含まれていました。

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 5つの橋を調べていくと、すべて石橋に使われている岩石が花崗岩だということを知りました。どうして花崗岩なのか、この花崗岩はどこから採られたものなのか。疑問が浮かんできました。次は、疑問も含めて調べていけたらと思っています。

 

大谷大学 文化環境ゼミ 3回生 2017年度後期

太郎坊宮をたずねて

 

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平成29年11月19日に滋賀県近江八幡市の太郎坊宮を訪れ、背後の山々にも登りました。

今回の調査目的は、太郎坊宮(阿賀神社)と天狗の歴史の調査、夫婦岩と赤神山、箕作山の地質調査でした。

 

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太郎坊宮について簡単に紹介します。太郎坊宮は「勝運の神」という御祭神がいます。勝運を上げるためにここに訪れる方が多いです。さらに神事が盛んで、特にお火焚大祭は有名でたくさんの人が集まります。太郎坊宮は神社の他に、夫婦岩、赤神山、箕作山があります。山登りを目的とした人も来ます。太郎坊宮の見所はまだたくさんあります。

 

私たちは10時に太郎坊宮の入り口に着きました。

 

入り口には御神田があり、その名の通り、神様の田んぼらしいです。神様の田んぼなので立ち入り禁止でした。↓

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赤神山参道の麓にある風化が見られる赤神山の石を使った灯籠

花崗岩がところどころに使われています。

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灯籠が見えるこの位置が赤神山全体を綺麗に臨める場所なのではないかと思いました。

 

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入り口から階段があり、少し上がっていくと小さなお寺がありました。

 

成願寺というお寺です。ここには誰もいなくて、鐘がありました。↓

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さらに階段を上がって行くと、参集殿という場所に着きました。参集殿は赤神山の中腹にあり、湖東平野を見渡すことができます。神殿造りの粋を集めた全国でも有数の建物です。

 

参集殿に天狗の置物があり、「神威玉」を持っていました。正面のお殿に参拝して、それから玉を両手で触り、その手で心と病がある人は悪いところを撫でると体に良いと伝えられています。↓f:id:suzuki_seminar:20171205135333j:plain

 

参集殿で宮司の奥田さんから太郎坊宮の歴史ついて話を伺いました。

昔、太郎坊宮のあたりで土地の所有争いがあったり、大正13年の建築など歴史について聞くことができました。私たちの様々な質問に答えてくださった、優しい方でした。

 

馬の銅像。↓

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 この当時馬はもらい物として一番よいものとされていました。そのため銅像とされています。絵馬もこのような理由で現在も神社などにおかれています。

 

本殿に至る道中には「夫婦岩」という高さ数10m幅80cmにわたり

真っ二つに開かれた岩があり、本殿に参るにはこの間を通らなくてはなりません。

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夫婦岩には言い伝えがあり、

「この間を通って参拝すると病苦が除かれ、願いは叶うが、

悪心のあるものが通ると岩に挟まれる」という

子供には「悪戯をしたりすると岩に挟まれる」と教え戒めの場となっています。

 

地質から見る太郎坊

 太郎坊山(赤神山)の見た目は岩肌が露出しており、非常にゴツゴツしています。

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夫婦岩の上部には

「節理」というマグマが冷え固まった際に出来る規則性のある割れが随所に見られます。

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幅80cmにわたって開かれた夫婦岩の割れは

節理が大きく起因し、自信塔の地殻変動も関係していると考えられます。

夫婦岩は赤神山の中でも標高の高い部分にあるために、

赤神山自体が火山岩によって形成された山だと考えられます。

お火焚大祭

毎年12月の最初の日曜日に開催される恒例行事であり、

厄を払い清らかな新年の訪れを願う太郎坊宮の行事に参加しました。

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ヒノキによって組まれたの護摩壇に火が付けられ、
あたりを身を清めるとされる煙が包み、修験者が祈りをあげ、参拝者は歓声を上げました。

約40人の修験者は約10万本の護摩木を炎の中に焚き入れ、無病息災などを祈願しました。

 

お火焚大祭には全国から参拝者が詰めかけるだけでなく、

修験者もまた装束に身を包み全国から集まります。

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 ともに撮影していた愛知県から訪れた方は「毎年来ており、熱気やスケールの大きさに圧倒される。来年も訪れるつもりだ」と話しました。

 

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護摩木が全て燃やされると、火種が火渡り場の丸太の下入れられました。

参拝者の方々が実際に火渡り場を歩いておられるところです。

大谷大学 文化環境ゼミ 2回生 2017年度後期

 京都のちょっとおもしろいとこ ~伝統工芸を訪ねて~ 

 

 西本願寺

西本願寺は京都駅からほど近い場所にあり、15分ほど歩くと見えてきます。

親鸞聖人を宗祖としており、西本願寺敷地内にある御影堂内には、

親鸞聖人の像が安置されています。

下の写真は御影堂です。

南北62m東西48m高さ29mの大建造物で国宝に指定されています。

 

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1633年の焼失から1636年に建立され、現代まで御影堂は今の地にあります。

そして、1998年から破損した部分の修復が10年にわたり行われました。

これを「平成の大修復」と呼びます。

 

↓ 御影堂の南側に行くと平成の瓦と江戸の瓦が混在している様子が見られます。

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平成の大修復によって約11万5000枚もの瓦は屋根から降ろされ、

大部分は新しい瓦に置き換えられましたが、技術保護の観点から南側の一部には

江戸の瓦が残されています。

南側の屋根は他の方角の屋根と工法も異なっています。

江戸時代に作られた御影堂には土によって瓦を固定する「土葺き工法」が使われていましたが、土を使うため屋根の重量が重くなってしまいます。

平成の大修復では土を使わない「空葺き工法」が使われ、

屋根の重量を減らすことに成功しました。

 

 ↓ 大屋根を支えるのに数多くの軒支柱があります。(下の写真)

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軒支柱の数は御影堂だけで33本あり、正面だけでなく南北も支えることにより

軒先が瓦の重みで垂れることを防ぎます。

 

さらに150本にも及ぶ梁や227本に及ぶ柱によって支えられます。

梁には模様が施されておりこのようなものを「虹梁」と呼びます。(下の写真)

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御影堂の雨水を貯める水盆のしたには小さな「天邪鬼」がいます。(下の写真)

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2つの天水受けを支えており、計8人います。

一体一体の表情や形が違っており、見てみるのも楽しいかもしれません。

御影堂が再建された1636年からずっと支え続けています。

 

下の写真は柱の束柱を受けるための「沓石」とよばれるものです。

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木の隙間から覗くと石が見えます。

もともとはザクロの木で沓石が作られていましたが、江戸時代末期に

木では腐る可能性があるということで石が用いられました。

その時、昔の面影を残そうと厚さ3cmの木で覆ったと言われます。

 

御影堂は平成の技術と江戸時代の昔の技術でうまく調和が取れた

建物だといえるでしょう。

御影堂の内部にも出来るだけ昔の面影を残すために昔ながらの技法を使って

修復された部分が数多く見えます。

 

 

渉成苑

渉成園真宗東本願寺の飛地境内地です。渉成園は、昔枳殻(からたち)が植えてあったことから枳殻邸(きこくてい)とも呼ばれています。国の名勝にも指定されており、四季を感じることができる庭園です。

 

 ↓ 門を入ってすぐのところに高石垣という石垣がありました。

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花崗岩と砂岩とチャートと緑色岩からできていました。

 

↓ そして石臼が石垣に埋め込まれていました。 

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とても珍しい光景で面白かったです。

 

↓ これは臨池亭と滴翠軒いう建物です。

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 手前が臨池亭で奥が滴翠軒です。

この二つの建物は廊下でつながっており、池に臨んで建てられています。

池にはたくさんの鯉が気持ちよさそうに泳いでいました。

 

下の写真は侵雪橋という端です。

木造の反橋で、渡ることができ感動しました。

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 橋の上から見渡す渉成園はとても広く、池に映る建物や空が輝いていてとても綺麗でした。

 

 

清水焼

京都の伝統工芸品、清水焼。普段あまりじっくりとみたり、歴史を深めることはないで

すがその世界をのぞき見てたくさんのことを知りました。2人の人間国宝がいること、

焼き方の技法、形…。今回何より”いいな”と思ったのは、清水焼は作品に特徴がなく作

者の手で自由に作られているものなので今も新しいものが生まれているということで

す。古きよきものから新しいもの、文化が受け継がれていくことは素敵なことだと思い

ました。

 

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清水寺

清水寺は坂ノ上田村麻呂によって平安京遷都以前に建てられた数少ない寺院です。さら

清水寺ユネスコ世界遺産です。

清水寺の門をくぐって進んでいくと大きい建物が見えます。それは三重塔です。三重塔

は日本にもいくつかありますがこの清水寺の三重塔は日本でも最大級の高さを誇る31

メートルで実際に見てみるとほんとに大きくびっくりしました。この三重塔は初層から

三層目まで各層の三隅には鬼瓦があったのですが南東の部分だけ龍になっていました。

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下の写真の「龍」は火除けの神とされていることから防火の意味でつけられたそうです。

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清水寺の清水の舞台は懸造りといった釘を一切使わない造りで建てられています。

これは山の急な斜面や段差のある土地に面積のある建物を建てる際に取る建築手法で

す。懸造りは他に上醍醐寺東大寺の二月堂があります。この懸造りは木材を雨から

守るため2つ工夫をしています。

まず1つ目が小さな傘を取り付けているところです(下の写真)。

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2つ目は舞台の床にほんのわずかにつけられた傾斜です(下の写真)。

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これらの工夫を見ると、清水寺を少しでも建て直さないように職人がさまざまな工夫をしているんだなと感じました。

 

まとめ 

京都で普通に観光しても気付かないことや初めて知るようなことがたくさんありました。京都には意外と実用的なものが多く、渉成園も客を招くという意味に関しては実用的なものでした。こうみてみると京都の伝統工芸というのは実用的なものが多いと感じました。今回調べていないところも実用的なものがあると思うので調べたいと思いました。

 

 

 

大谷大学 文化環境ゼミ 3回生 2017年度前期

 

伏見稲荷大社を訪ねて

今回私たちは伏見稲荷大社の歴史と文化を調査するために、ここに訪れました。

外国の方がすごく多かったです。

 

平成29年5月27日(土)に私たち3回生はJR稲荷駅に集合しました。

 

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 ↑ 入り口大きな鳥居を抜けると見えてくる楼門

 

伏見稲荷大社の正門に当たる建物で重要文化財です。

豊臣秀吉が建立したとされ、秀吉の母大政所殿の病脳平癒を祈願し、平癒したお礼に建てられたとされています。

 病脳平癒が成就すれば、一万石奉納するという願文が残されており、昭和48年の解体修理が行われた時に、願文の年次と同じ、「天正17年」の墨書が発見されました。

 

             

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上の2枚の写真は、楼門の正面両側の像で「随神」と呼ばれ、稲荷大神を守護しています。

 

 

 

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楼門抜けると見えてきます。

↑ 外拝殿

 

国の重要文化財に指定され、軒下には黄道十二宮を表す鉄提灯が下げられています。

二月に行われる節分祭などの時に使用されます。

 

 

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奥に進むと見えます。 

↑ 内拝殿

一般の人がお参りするところです。

 

 

内拝殿の奥には本殿がありますが撮影は禁止されています。

本殿は稲荷大神が鎮まる神聖な建物で、祭典や祈祷が行われています。

宇迦之御魂大神佐田彦大神大宮能売大神田中大神、四大神、と呼ばれる神が祀られています。この五柱の神を稲荷大神と呼びます。

 

 

 

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↑ 千本鳥居

 

「千本」とは「沢山ある」という意味です。

この朱色は生命、大地、生産の力を持って稲荷大神の”みたま”も働きをするという信仰があります。

願い事が「通る」という意味から、多数の鳥居が奉納され、奉納された鳥居はすべて全国の崇敬者によるもので、鳥居の奉納をもっての信仰は江戸時代からあるとされています。

 

 

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↑奥社奉拝所

稲荷山は山全体が信仰の対象 

稲荷山を遥拝するところです。

 

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 ↑ おもかる石

 

石灯籠の擬宝珠を持ち上げ、自分の予想より軽ければ願いが叶い、重ければ叶い難いと云われています。

 

次に熊鷹社、という所に訪れました。熊鷹社には言い伝えがあります。それは熊鷹社で願い事を済ませ、すぐそばにあるこだまがいけで拍手を2回打つと、幸運を示す方向からコダマが帰ってきます。その時、コダマが近くから帰ってきたように感じれば、願い事は早く叶い、遠くから帰ってきたように感じれば、成就は遅くなるそうです。鈴木先生がその言い伝えの通りやってみましたが、早く帰ってきたか遅く帰ってきたかよく分からなかったです。

 

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 ↑ 熊鷹社

伏見稲荷大社はただでさえ観光する人が多いのですが、熊鷹社は予想よりも狭かったです。

さらに、竹屋というちいさなお店がありました。そのお店は休憩場所でもあります。お供え物が売っていたり、色々なお餅も売っていました。

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そのまま進んでいくと、四つ辻という場所までたどり着きました。そこは景色もよく、人が多くて賑わっていました。四つ辻から、右ルート、左ルートと荒神峰に続く道がありました。最初に、私たちは、荒神峰に続く階段を上っていきました。上っていった場所は四つ辻よりも景色がよかったです。

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↑ 荒神

荒神峰は稲荷山でも隠れた絶景スポットであり、天気がいい時は大阪方面まで見渡せます。私はここが一番印象でした。私たちはここで昼ご飯を食べました。

 

さらにそこから、御膳谷奉拝所という所に訪れました。ここには稲荷山で唯一の社務所があります。社務所とは日本固有の宗教である神道の信仰に基づく祭祀施設のことです。ここではオリジナルの朱印を授かることもできます。値段は300円です。

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↑ 御膳谷奉拝所

ここは祈祷殿があり、その奥には「みけいし」と呼ばれる石があります。この石は神様に食事を捧げる台とされています。現在でもこの台に食事を捧げてることができるらしいです。詳細は現地へ直接問い合わせる必要があります。

さらにその奥にはたくさんのお塚群がありました。その塚は、稲荷講の崇敬者一人一人が奉納した塚だそうです。

 

 

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↑ 無数のお塚郡

稲荷山の頂上に向かうほどにお塚が密集していきます。

どれだけあるか数えられないほどです。

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↑ 下社〔三の峰〕 

宇迦之御魂神が祀られている場所です。

明治20年にここから変形三角神獣鏡も出土したそうです。 

 

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↑ 中社〔二の峰〕 

佐田彦が祀られている場所です。

 

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↑ 上社〔一の峰〕 

大宮能売〔のうめ〕が祀られている場所です。

 

佐田彦大神が父親で、母親が大宮能売大神 

二人の間に生まれた子が主神の宇迦之御魂という説があります。 

稲荷山における神名は稲荷名で、他での呼び方とは違います  

 

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↑ 眼力社のお手水

 伏見稲荷に行ったら必ず参拝したいところです。

眼力さんと呼ばれ親しまれています。

眼力社は稲荷山の中で一番大きく祀られています。

 

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↑ 御劔石

長者社は伏見稲荷の中で一番古いと言われている社です。

劔石には雷神を封じたという伝説があります。

 

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↑ 焼き刃の水

長者社には焼き刃の水と呼ばれる井戸があります。

謡曲に名刀小狐丸を鍛えたと語られるものがあり、その場面がここではないかと言われています。

 

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↑ 薬力社

無病息災、健康長寿、薬品関連の商売繁盛を守護しています。

神水と呼ばれる水が湧いており、この水で薬を飲むと、よく効き、

病が治り健康になるとされています。

薬力社の前にはお店があり、こちらでご神水を使って茹でられた「健康卵」を

いただくことが出来ます。

 

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↑ 薬力の滝

薬力社から少し奥に進むと薬力の滝があります。

冷たい霊水が絶えることなく落ちています。

 

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  清滝

清滝という滝を見に行きました。清滝に行くまでの道は厳しくみんなゼーゼーいいながら登っていました。行ってみると思っていたのとは違った滝でしたが無事に到着できました。清滝では滝打ちもできるらしいです。

 

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↑ 稲荷山道中 

その後迷っている中国人を案内しながら京阪鳥羽街道駅まで行き中国人と別れ伏見桃山駅まで行きました。

 

 

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↑ 鳥せい

  伏見稲荷大社と稲荷山を登り終わったあと鳥せいという日本酒と鳥がおいしい店を訪れました。みんな疲れていたがおいしく楽しく飲めました。そのあとバースデーガールがいたのでケーキを食べてお祝いし、解散しました。

 

 

大谷大学 文化環境ゼミ 2回生 2017年度前期

  京都水族館を調査

 

平成29年5月20日(土)に私たち2回生ゼミは京都水族館を訪ねました。

 

京都水族館は、2012年3月14日に開業した日本初の完全な人工海水利用の内陸型水族館です。

京都駅の西にある梅小路公園内に位置し、休日には家族や、観光客の方でとてもにぎわうスポットとなっております。

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京都駅方面を望む

 

さて、京都市の南側は海と面していません。

海水はどこからもってくるのでしょうか?

 

答えは、人工的に海水を作り出しているです〔ドラッグして反転すると答え〕

 

京都水族館の水をよく観察してみてください。

すると、ほかの水族館よりも水が透き通って見えると思われます。

 

それは、直接海の水を水槽に入れているわけではないので水中の不純物が限りなく少ないからです。

水本来の姿はこの、透明感であり、このような海水を後世に残したいですね。

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 京都水族館は、水族館側から見える風景にもこだわりがあり、

イルカスタジアムの背景には、緑の梅小路公園、時たま過ぎ去る新幹線、

そして京都の古きよき東寺の五重塔とともに

イルカによるパフォーマンスを楽しめるようなつくりになっています。

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水族館に入ってすぐ、「京の川」という展示エリアに入りました。そこで大型水槽の中で活動するオオサンショウウオに出会いました。オオサンショウウオは夜行性のため、光があるところではあまり見られません。たまたま動いていたのを、運よく捉えることができました。

水槽の隅、光の当たらない暗がりでは、何匹ものオオサンショウウオが重なり合っている姿が見られました。「生きた化石」と呼ばれ、最大150cmにもなるオオサンショウウオがおしくらまんじゅうをしている光景には、中々驚きました。

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館内に入り、進んでいくとペンギンエリアに着きました。

ペンギンのエリアに近づいていくと、足元にはペンギンが歩いたような足跡がデザインされていました。

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先に行くとたくさんのペンギンが見えてきました。

京都水族館で育てられているペンギンは ケープペンギン という種類のペンギンです。

アフリカ大陸の南部に生息しています。

ケープペンギンは約体長70cmで、体重2.5~4kgの大きさのペンギンです。

目の上の一部分だけピンク色の皮膚があり、そして胸のところに一本の黒いラインが入っているのが特徴です。

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 ケープペンギンは子育てを夫婦で協力して行います。

巣を作るのはオスですが、卵を温めたり雛に餌を与えたりするのはオスとメス交代で行います。

夫婦や親子は体の特徴や声でお互いを判断しているそうです。

 

水族館に入るとたくさんの展示ゾーンがありました。

その1つの『京の海』です。

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京都水族館では人工海水マリンアート、人工海水B剤と塩化ナトリウム、カルキ抜きした水の3種類の水がそれぞれの水槽で魚にあった濃度と温度で使われています。

フィルターは生物濾過を重視し、大きい水槽では閉鎖式、小さい水槽では開放式が主に使われているそうで、その他にオーバーフローやプロテインスキマー、外部の濾過装置も使われているそうです。

水族館の水槽を見て、水の透明さが本当にすごかったです。魚にとって住みやすい環境を整え、お客さんにとっても心地いい水槽作りのお話を聞くことができて面白かったです。

これほど大きな水槽になってくると衛生管理がとても気になります。この水槽内が汚れていたりすると魚たちに悪影響で住みにくい環境になってしまいます。そこでこの大きな水槽の掃除方法というのはこちらです!!

下記の画像は水族館のダイバーが水槽に潜り込んでいる掃除をしている写真です。この掃除方法をバキューム清掃といいます。これはダイバーが水槽に潜り込んで底にたまっている餌のかすなどよごれを水と一緒にバキュームのようなもので吸い込んでいるのです。餌のかすやよごれがなくなった水は綺麗な水として水槽に戻されるそうです。

 

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下の画像はいるかスタジアムのプロテインスキマーです。プロテインスキマーとは水中に小さな泡を発生させて細菌やゴミなどを吸着させる物理濾過のことです。

1枚目は泡が出ているところ、2枚めはそれが広がっているところです。

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 その他にも京都水族館には水処理に関する技術が詰まっており、

省エネ対策に貢献しています。

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 こうした技術が裏にはあり、表では私達を楽しませてくれます。

京都水族館は日本の方だけでなく海外の方もよく訪れており

日本の自然とそこに生きる生物について知って貰う機会となればいいですね。

大谷大学 文化環境ゼミ 3回生 2016年度後期(1)

 

 

琵琶湖から疏水をたどる(2) 蹴上~烏丸紫明

 

平成28年11月28日(月)前期(5月29日)の蹴上までの調査の続きを調査しま

した。

前回の最終地点蹴上インクラインに13時に集合し出発。

はじめは臨済宗本山である南禅寺に疏水が通っているということで南禅寺へと

向かいました。(写真下)

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 高さ10mほどの高さのレンガで造られた疏水がありました。

 

正式名は南禅寺水路閣といい幅4.06m、水路幅2.42mあり、日本人だけで作られたものだそうです。(写真下・疏水上から)

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そしてこの疏水を追うために次は疏水の横を歩ける哲学の道に行きました。(写真下)

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水路の幅は広くなってましたが深さはそれほど深くなかったです。魚やカモがいたりなどしました。

 

また紅葉の季節だったため多くの観光客が歩いており、周りからは外国の言葉しか聞こえないほどでした。出店などもでておりにぎやかな道で楽しく歩くことができました。

 

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哲学の道を抜けると今度は西へと疏水が白川通の西へと流れていました。

この部分の疎水は道路の横にあり、水路幅も広くなっていました(写真下)。

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白川の名前の由来は比叡山花崗岩が伸縮され流れてきた砂がたまり、その色が白いことからだそうです。この白い砂は白川砂といい、寺院の庭にも使用されています。

 

北白川に入ると住宅街の中を通っており、疎水幅もかなり狭まっていき、白川というだけあって疎水の底に白川砂がありました。

 

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